大自然から学ぶ事。

ブナの木

皆さんはこのような事をご存知でしょうか?
ブナの木は数年に一度沢山のどんぐりを付けます。
では、なぜ毎年付けないのでしょうか?

例えばその周期が4年だとします。1年目に沢山のドングリを落とすと、それを食べにネズミやリス達が集まってきます。しかし、食べきられずに次の年に芽を出すものも出てきます。2年目はドングリの数をグッと少なくしてしまいます。すると前年に食べ物が沢山あった為に沢山生まれたネズミ達は、食料不足で数を減らしてしまいます。
3年目4年目と更に数を減らし、もっともっとネズミの数を減らします。
そして、ネズミ達の数が最小限にまで減ってしまった5年目には、また沢山のドングリを落とします。
こうする事で、森に棲むネズミの量をもコントロールし、4年に一度確実にドングリを芽吹かせ、種を長く生き残らせているという事です。

毎年毎年沢山のドングリを落とし続けたら、ネズミの数が増え続けドングリを計画的に芽吹させる事が出来なくなるという事だそうです。

でも、考えてみてくださいね。ネズミの数を変化させるとなると、ネズミを食べる狐やテン、はたまた鷹やフクロウの数までコントロールしているという図式が出来ますよね。つまり森のすべてをコントロールしているという事ですね。

それを知ってから見るブナの木。ものすごい存在感ですね。

白馬の大自然から学ぶ沢山の事。ドングリを落とす周期について


私の中の自然の楽しさと怖さ

私は、夏にサーフィンをします。水の上ではすべての時間が止まったかのような感覚に陥ります。それは、とても至福の時間であり、自分の人生に無くてはならない感覚を提供してくれています。
冬にはスノーボードをします。パウダーの浮遊感はもちろん、ジャンプ台で飛んだ時、ジャンプが成功したときにも達成感と共に最高の気持ちよさを味わう事が出来ます。 とても幸せな時間です。

20代のすべての時間をスノーボーダーとしての活動に費やして来たこともあり、私の人生における沢山の感動は、そのほとんどが自然の中で生み出されているという事に気がつきます。
しかし、それら至福の時間の中にも危険が存在していることを理解しておかなければ、ずっと続けてくることはできなかったでしょう。

私がおもう、自然の中で楽しみを見出すという事は、同時に危険を回避する能力を問われ続けているという事と理解しています。経験を積み重ねる事でのみ身につき、身についたからこそさらに新たな感動を迎える準備が出来るものであると考えています。